高校卒業後3年間は大学浪人という身分で様々なアルバイトを経験し、今で言う「自分探し」をしていましたね(笑)

それから何となくロックバンドに参加する事になり、途中上京して職業バンドマンを10年続けましたが大きな成功は出来ませんでした。
今思うと、普通の努力しかしなかったので普通で終わってしまったという感じです。

そして友人の勧めもあり、独学でプログラミングを始め情報処理二種も合格したうえで、未経験で独立系ソフトウェアハウスに就職したのは35歳での事でした。

それは、当時「プログラマー35歳定年説」が言われているなかでのチャレンジでありました。

35歳で本格的にこの業界に飛び込んでから最初に考えたのは、「自分には後がない、時間がない」ということ。
普通の努力では普通にしかならない、人の倍は努力をして、倍のスピードでキャリアアップしなければならないと考えました。

そこで立てた目標が「10年後には最上流までスキルアップ」。
一切の遊びや人付き合いを絶ち、自宅で勉強する毎日。同僚には「付き合いが悪く、取っつきにくいやつ」と思われていたでしょうね(笑)。
でもその甲斐あって、情報処理試験は業界経験0.5年で一種、3.5年で特種、7.5年でシステム監査というハイスピードで合格しました。
実務においても、経験3.5ヶ月で開発リーダーになり、経験4年半で業務アプリの上流設計(要件定義・外部設計)を担当、経験7年で企画分析のシステムコンサルティングを任されました。

そしてついに10年が経過した頃、提案・コンサルティング担当の部長に就任。
こうして私の“最上流を目指した10年”はゴールを迎えるわけですが、何か物足りない。
その頃にはもう「さらに上」を目指していたんですね。

経験12年を迎え、コンサルティングSEとして様々な実績を積むことができました。
転機となったのは、大手総合電機メーカーの案件を手掛けた時。
とある大規模基幹業務システムの構築プロジェクトにおいて、バッチ処理が予定通りに終わらないという性能問題に直面しました。
大手ベンダーがギブアップしていく中、私に白羽の矢が立ち、問題解決のためのコンサルティングを任されたのです。
PJの命運が掛かったクリティカルな業務でしたが、2ヶ月半の作業で無事問題解決に成功しました。
PJ打ち上げパーティでは、その貢献に対して大手総合電気メーカーの専務様から直々に表彰して頂きました。

そのほかにも、共済保険組合へのコンサルティング実績や、ユーザ系SIerとの人脈構築など、自分自身のチャネルを築くことができたという確かな手応えを得ることができ、「仕事が取れる、起業のチャンスだ」と考え、起業を決意。
実際に起業してまもなく、そのチャネル全てと取引することに成功し、今に至っています。
ちなみに、アイティーソリューションズの設立は、私がこの業界に入って14年での達成でした。

当社の社員に伝えたいのは、何処かで「人よりも努力をする10年を作る」ことで、人よりも早く成長しキャリアアップ出来るということ。
もちろんそれが実現できる様、無理のない労働時間で自己学習の時間が持てる環境作りは「SE中心主義」の一環として、設立時から心がけてきましたし、今後もそうしていきます。
社員のスキルアップとキャリアアップが当社の競争力の源ですので、是非私のこの経験を参考にしてもらいたいと思っています。

おわりに・・・

私はSEとして自己実現を果たした延長で、アイティーソリューションズをメジャーな会社へ発展させるという「会社実現」にチャレンジしています。

プロフェッショナル志向・上昇志向の強い方は大歓迎。「SE中心主義」を掲げる当社で、貴方のサクセスストーリーを実現してください。

 
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